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「愛の無常について」。

2006/01/14 [Sat] 11:02

人生には様々のふしぎがありますが、私は考え、迷い、一念形成の途上における邂逅を最も重視するのです。いついかなるとき、いかなる偶然によって、誰と出会ったか。そこでどんな影響をうけ、どんな友情が、あるいは恋愛が成立したか。そういう経験をもつ人は、ふりかえって運命のふしぎに驚くでありましょう。それによって一生が決定する場合も少なくない。邂逅こそ人生の重大事であります。(角川文庫版・p.24)


亀井勝一郎「愛の無常について」より抜粋です。

なんでまたこんな古い書物を引っ張り出してしまったのかというと、妹に山田詠美の小説を貸してあげようと思って昔の文庫本の詰まったダンボールを漁っていたら、この本が目に留まったからだ。
題名が。
愛。無常。すごいだわ。

これ、高校を卒業する前、教頭先生が贈ってくれた本だ。
彼は、私が在学中に行った、あるパフォーマンス的カミングアウトに感応されたそうで、つかこうへいの本を読んでみてもらいたいとおっしゃっていた。つかこうへいはその時に手元になかったので、こちらもお気に入りだから読んでみて、と託してくださったのだ。
その時は単純に嬉しかったけど。
高校3年生で亀井勝一郎。
今ではその社会的価値について情報を得られるけれど、当時は著者がどんな人かも知らんかった。
ただ読むことしか出来なかった。
上に抜粋した文中に出てくる「邂逅」の字と意味はこれではじめて知った。
高校3年の私はそんな知能レベルだったんだけど、先生はこれを、「大人になってから読んだけど、もっと若いときに読みたかった」と述べておられた。

その頃はいっぱしの気分でとにかく目を通してみたが、今から思うとやっぱりわかってなかったね。
純文学や言葉に少々かぶれていたあの頃は、これらの言葉に憧れがあっても、言葉が表す世界はどのように目の前に存在するのかなんて知ろうと思わなかった。
人生指南書、といわれることが多い本のようだが、なんていうか亀井さんなりの実践的哲学書だ。と今改めて読んでみて思った。

おもしろいなと思った言葉をもうちょっと引用。

言葉がいかに不完全で、不正確なものであるかは、第一章で述べました。少しでも厳密であろうとすると、我々は迷路の中へ入り込んでしまう。(92p)

理解の始まりとは、わからなくなるということかもしれませぬ。(92p)

人間を悲惨に導くものは、必ずしも異常な事件のみでなく、むしろ日常の些末なことや、眼にみえぬ心の変化によることがかなり多く、そういう些末事によって我々は足をすくわれがちなものなのです。何げなく過ぎてゆく日常というものほど、恐るべきものはないように思われます。(74p)

ふしぎなことに、現実を正視すれば、街上には妊婦と死体が氾濫している。それは合理的に、法律的に、つまり緩慢にです。突如なるものは犯罪となるが、緩慢なるものは習慣となって誰も怪しまない。人はそれを「理性的」と呼んで、どの獣よりも獣らしく振舞うために用いています。(142p)



昔熱中していた深夜番組の「文学ト云フ事」を思い出した。
より効率的に個人的に率直的に挑戦的に日本語を駆使しようとするかのような美しい文章たちに、あの頃はほんとに憧れていたのだった。


愛は無常である。
これは、ずっとずっと昔から変わらない真理だと思う。
そこからぼんやりと想うのは、
無常なる愛は恒常的に永遠に存在するはずだ。
という愛情。

それは感情、というより、みんなが生まれてから死ぬまでに唱えるお願い事、という当たり前の現象。
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コメント

亀井勝一郎、いいですね。僕も好きです。教頭先生、粋なことをなさる。そして、この本をまた引っ張り出して来て感銘するあなたも粋だね。

ほんまに粋!

何年ぶりでしょう、あんまりに懐かしくて、また、今だったら楽しく読めるかもしれないと思ってチャレンジしましたよ。亀井さんて、なんか、可愛らしい人なのかなって思いました。
今は教頭先生ではないそうですが、またお会いしたいですねー、K先生。

K先生、いまや恐れ多くておいそれとは近づけません。でも素敵な先生であることに変わりはなし。
亀井さんは本当にかわいらしい。あの年配であんなにかわいらしかった、これ以上の理想像はないね。

43210さま

なるほど。恐れ多い、ですか。うーん、なんか奇妙な感じ。
早速、図書館で亀井さん系資料を探してみたら、お写真のあるページが見つかりました。まことにかわいいルックスの方でした。あのような偉大な知性に向って安易に私評するのは違うのかもしれないけれど。
真剣なものは確かに美しい。

わからない…

私も高校の時、物理のF先生に貰いました、この本。当時よくF先生の部屋に入り浸ってコーヒーを貰っていたのですが、本も何冊か(というか何冊も)頂いたり借りたりしてました。亀井勝一郎も何冊かいただいたんですが、やはり同じような事をおっしゃっていましたね。「若い頃に読みたかった」って。ちなみに初めて読んだ時は、何を書いているのかさっぱりわかりませんでした。そして今こうやって改めて読んでみると……
やっぱりさっぱりわからないorz
もう少し精進します……

それは理解の始まりかも

なんと素敵な物理の先生!ええなあ…。私も高校の頃、選択で物理とってました。好きだった。わからなかったけど面白かったので。

亀井さんね。もっと早く読みたかった、とは私はまだ思えないけれど、そういう本と早いうちにご縁があったことは、すごく有り難いと思ってます。冒頭に引用した文章は、それをそのまま綴っている文なのではないかな、と自己解釈中。
この本は身の回りの事を非常に素直に解読しようという意気込みだらけだ、と今になって気付いたよ。ほんとに、言葉そのまんまの通りだ、と思うこと多数なのです。

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